※レン春
※死ネタ
※これとシリーズ。(今回の話が時期的には後)
※捏造設定
※ぴくしぶのとはちょっと変えてあります
神宮寺レン。
その名を知らない者はいったいどれほどいるのか。
世界中の小さな子どもからマダムをも虜にする彼は、
デビューしてから5年ほどで国民的アイドルまでにのぼりつめた大人気アイドルだ。
母親譲りの整った顔立ち、誰もがうらやむモデル体型、
確かな演技力に、バラエティー番組でも臨機応変にたち振る舞い、トークもばっちりの
アイドルとしてはまさにトップといえるほどの実力を持っている。
しかし、彼は歌わないアイドルだ。
歌えないのではなく、文字通り、歌わないのだ。
5年前にデビューした後から、一度も彼は歌声を響かせていない。
デビュー曲はその週のオリコンに入り、
ダウンロード、売上、レンタル、カラオケ、などの
ほとんどのランキングで1位を獲得していた。
歌声もセクシーで歌唱力もそこらの歌手を軽く凌ぐ彼だが、
デビュー曲以外の曲を出したことは一度もないのだ。
なぜ歌わないのか、新曲の予定は、等の
雑誌やラジオでのインタビューでも彼は曖昧に笑うだけだ。
前例として日向龍也という存在があったため、早乙女は何も言わなかったが、
彼のファンは大層がっかりしたようだった。
いまでも再び彼が歌うのを期待してファンレターには
いつまでも待ってます、などという言葉が書かれている。
ファンサービスに定評のある彼だが、しかし、ファンの気持ちに応えようとはしない。
そんな彼の様子に事情を知っている同じ事務所の彼の同期は、
悲しげに皆顔をゆがめるばかりだ。
◆◆◆
「ハニー。ごめん。もう、いかなきゃ。ありがたいことに、仕事がいっぱいでね。・・・うん。大丈夫。心配しなくても、ちゃんと休んでるよ。日向さんがつけてくれたマネージャーがとても優秀でね。―ああ。ちなみに男だから、君が気をもむようなことはないよ?・・・ふふふ。・・・じゃあね、春歌。・・・また、来るよ」
レンが愛おしげに墓石にキスをおくると、タイミングを謀ったかのように携帯が鳴った。
「やれやれ。無粋だね。せっかくの逢瀬なのに」
名残惜しげにその場を離れたレンはマネージャーからだろうと予想して
そのまま画面もよく確認せずに携帯をとった。
「もしもし?わざわざ連絡しなくても、今から・・・」
『・・・レン』
しかし、予想は外れ、それは兄からの電話だった。
「・・・兄貴」
一度は関係が修復したはずだったのだが、
最近ではまたその仲は再び危ういものになっていた。
「・・・また、あの話かい?もう、何回も断っているはずだけど」
なんとかまだいつもの話し方だが、そこにはやや頑なな響きがあった。
もしレンと近しい人がこの時の彼の顔を見たら、
彼らしくもないその瞳の陰りに恐怖を覚えただろう。
『・・・レン。いい加減にふっきったらどうだ。お前ももう子どもでは・・・』
「黙れ」
そのまま電源を切ろうとしたレンだったが、さすがは兄か、
そんな彼の行動は予想済みだったようで
待て、切るな、と拒否を許さない重々しさで命じる。
これでレンがつい動きを止めてしまったのは、
その声や雰囲気があまりに父親に似ていたためだ。
いつまでたっても己を縛る鎖に嫌になるが、
こればかりはレンにとってはどうしても逃れきれないものだった。
もっとも、もし彼女がずっとそばにいてくれたならば、
その恐怖からだって解放されるような気がしていたのだが、
今となってはもう無理な話だった。
「・・・何」
不機嫌丸出しの声は、しかし、兄には何の効果も示さない。
『もう、5年だ』
「・・・だから?もうすぐ俺は結婚適年期だから神宮寺家の三男として、ちゃんと落ち着くところに落ち着けって?悪いけど、俺はそんなあんたのおしつけを聞く気はないね。・・・俺が愛しているのは、今までも、これからも、春歌だけだ」
結婚なんてくそくらえだ、と吐き捨てると妙な沈黙が落ちる。
今度こそ切ろうとしたレンは、まるで同情したような兄の声に再び動きを止めた。
『お前は、まだ、・・・ているのか・・・』
「黙れ!」
頭にカッと血が上ったのは、図星だったからなのか。
だけどそんなことすら認めたくなくてレンは携帯を投げ捨てそのまま踏みつぶした。
はっと我に返ったのは、陽だまりのような風が吹いたからだ。
春歌に情けないところを見られたような気になって思わずうつむく。
いつも自信満々で余裕のあるアイドル・神宮寺レンともあろうものが、
こんな醜態をさらすとは見苦しい。
苦笑すら出ないレンは表情をゆがめたまま深呼吸を繰り返した。
◆◆◆
また、この季節がめぐってきたか。
トキヤは季節の変化を感じる風の温度に自然眉間のしわを寄せた。
以前まではたいしてこの季節になんの感情も抱いてはいなかったが、今では別だ。
同期でライバルと言ってもいい関係でもあるが、仲間でもあるレンと
その恋人であった春歌の関係が大きく動いた季節。
きっとレンは今頃春歌の眠りにつく場所で寄り添っているのだろう。
過剰なほどに愛を語らうあの男は、飽きることのない口説き文句を交えながらも。
この季節のレンはいつも見ていて忍びない。
ポーカーフェイスが完璧であるのはさすが様々な出演映画で賞を勝ち取っているだけあるが、
見るものが見ればレンが無理をしていることなどはっきりとわかる。
日向もこの季節になるとレンを気遣い、少々仕事を調整していたりする。
レンが春歌のもとを頻繁に訪れられるようになるのはそのためだった。
聡いレンは当然そのことに気づいているのだろう。
日向にいつもは言わない感謝の言葉を素直に贈りながら日程表を確認していたりする。
もっとも、この季節のレンはあまり使い物にならない、ということもあるのだが。
普段の様子からは想像もできないレンのあの力なく項垂れた姿。
以前に比べればあれでも回復した方だが、いつまでもあのままのレンでは
レンにとっても春歌にとっても望ましいとは思えない。
「・・・そろそろ、頃合いですね」
トキヤはスマートフォンを取り出した。
◆◆◆
「・・・スマートフォンに変えたんですね」
久しぶりにも関わらずあいさつもなく開口一番にそう口にしたトキヤに、
レンは気にした風もなくすスマートフォンを弄びながら返答した。
「ああ。手元が狂ってね。落として壊してしまったのさ」
トキヤはレンの言葉を信じてなさそうに返事をした後、おもむろに封筒を差し出した。
宛名も差出人もないその封筒に困惑し、レンはトキヤに目線で問うた。
「・・・七海君から預かっていたものです」
ぴくり、とレンの体が反応し、トキヤは小さくため息を吐いた。
「・・・自分がいなくなった後、あなたの幸せを邪魔するようなら渡さないで欲しいと言われていました。しかし、いつまでたってもあなたは一人で不幸を引きづっているようですし、・・・幸せになるチャンスすら自ら蹴っていますからね。そろそろ、七海君が業を煮やしていそうなので」
トキヤから奪うように受け取った封筒の中には、一見普通の鍵だけが入っていた。
しかし、レンにはそれだけで十分だった。
春歌の机の引き出し。
まるで主人以外が開けることを拒むようにずっと開かないままだった。
ずっと気にはなっていたのだが、無理矢理開けようとしなかったのは
彼女が存在した状態のままに部屋を保ちたかったことと、
もしかしたら、彼女がその引き出しを開けにくるのではないかと、
夢のような期待をしたからだ。
レンはトキヤへのあいさつも忘れ、ひたすら無言で春歌の部屋に向かった。
開けた途端に、それは飛び出してきた。
引き出しに溢れる程あるそれは大量の楽譜だった。
落ちた一枚を拾って目を通し、レンは息をのんだ。
「これは・・・」
レンが間違えるはずがない。
春歌の書いた楽譜だ。
「こんなに・・・いつの間に・・・」
病に倒れてすぐに起き上がれなくなった彼女は
いつもベットに横たわったままの状態だった。
作曲をするような体力など、残っていなかったはずなのに。
レンが一緒に居る時はずっとただ寄り添っているだけだった。
作曲をしている様子など微塵も見当たらなかったのに。
唐突に、いつかの彼女の言葉が浮かんできた。
今までなんとなく思い出すことを避けていたその記憶は
歌を封印した彼にとっては痛いものだったからかもしれない。
『ねえ、レンさん。知っていましたか?曲は、作曲家から歌い手への愛情なんですよ』
そう言って笑った春歌に、溢れ出る想いを止められなくて、
じゃあ、君から愛情を注がれる俺は幸せ者だね、と頬にキスすると、
彼女はくすぐったそうに身をよじって笑っていた。
そうか。君は。
俺に、愛を残そうとしてくれていたんだね。
それなのに、俺は、ずっと、ずっと目を背けていた。
君が居なくなって、愛すらこの世になくなった気がしてた。
でも、それは違う。
愛は生み出すものだ。
愛はなくなりはしない。
レンが望めば、いつだってそばにあるもの。
春歌の、愛。
愛がなければ生きてはいけないことを、俺は知っていたはずなのに。
どうして、愛を唄わずに生きていけると思っていたのだろう。
こんなに苦しいのは、この気持ちをずっと閉じ込めているからなのか。
うつむいてその場に佇むレンのその頬には一滴の涙が流れていた。
――その後、神宮寺レンの音楽活動復帰ライブが全国で行われ、
さらなるファンを増やし、多くの伝説を残していった。
華やかなその存在に魅かれるものは多かったが、
生涯、その左指に指輪がはめられることはなかったという。
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