2013年9月23日月曜日

鹿鳴の宴(贅沢・理鳴)


ぴくにUPしたやつです。ちょこっとだけ追記あり。
一応こっちにも。


※捏造未来設定





ばしゃん、と水が跳ねる音を、どこか他人事のように聞いていた。

茫然としたまま池の中にいる鳴鳴を置いて、先ほどまで嫌味を浴びせていた美女は取り巻きを連れてヒステリックに去って行った。

ぽっと出の、しかも最近まで侍女の仕事をしていたような娘が、
あの宰相と結婚する、ということが面白くなかったのだろう。
理央と鳴鳴がいかに釣り合っていないか、範家にどんな迷惑がかかるか、いったいどんな弱みを握ったのだとか、どんな手を使ったのか等々罵詈雑言を重ね、鳴鳴を散々悪者扱いした後、何も言わぬ鳴鳴を池に突き落とした大貴族の令嬢。

怒りは湧き出てこなかった。
もしやれた・言われたのがお嬢様だったら、それはもう倍返しで仕返しするが、
自分が言われたのなら話は別だ。
確かに、自分が逆の立場だったら、そう思うだろう当然の主張だった。

そして今、自分は範家の一員であり、範家に迷惑がかかるのでは、という思いも鳴鳴の行動を制限した。
自分がどのような立場にいるのか、とても危うい状態であることを、鳴鳴は知っている。

むしろ、このぐらいの意地悪で済んでよかった、と思うべきかもしれない。
まるで下手人でも見るような見下した態度で鳴鳴に声をかけてきた連中だ。
もし足が悪いと知られたら、いったいどんなことをされたか。
想像するだけでも恐ろしく、迎えの馬を待たずに、鳴鳴はようやく終わったお茶会を後にした。

濡れた衣装をそのままに鳴鳴はゆっくりと歩く。
着飾ったせいで元々重かった衣装は水を含んでますます重くなっていた。
普段ならばもう少し早く歩けるが、心身ともに疲れ果てた鳴鳴は足を引きずるようにして歩を進める。
しかし無理が祟ったのか、足に負担がかかっていたのだろう、もう歩けない、と鳴鳴はとうとう立ち止り、その場にうずくまった。

悲鳴をあげる足を誤魔化すように摩り、痛みに耐えながらも、込む上げる熱い滴を抑え込むことはできなかった。

―――ああ、だから無理だと言ったのだ。

血の繋がらない親族との堅苦しく上辺だけの関係維持だけならまだしも、
どこぞのお貴族の姫逹との悪意ばかりの楽しもないお茶会、
身につけなければならない知識や教養の勉強、芸の稽古。

何もかもが初めてのことで、不慣れな自分に場違いな印象のみが残る。
どうしてこんなことをしなければならないのだろう、と心の底から疑問が湧き上がった。

やはり自分などが名門貴族・範家に嫁入りするなど無謀だったのだ。
生まれにふさわしく、己を弁えたところに落ち着くべきだったのだ。
いや、まず嫁ごうとしたことがそもそもの間違いだ。
お嬢様の言うように、生身の男のものになどなって得するものではないだろう。――自分はお嬢様の傍にいて、お世話をしている方が幸せなのだから。

昔からずっとお嬢様の傍にいることが変わらぬ自分の未来だと思っていた。
こんなこと、望んでなんかいなかった。
男嫌いな自分が結婚することなど考えたこともなかったのに。

お嬢様の傍はいつも温かった。
笑顔が絶えず、楽しかった、安心できた。
奇怪で自分本位な行動に困らせられたこともないわけではなかったけど、
そんなお嬢様を諫める自分の役目が誇らしかった。
過去のことなんて振り返る暇もないくらい、慌ただしく、
いつも何かしらの事件を呼びこむお嬢様に、苦労もさせられたけれども、
結局あの笑顔で許してしまえた。
自分の名前を呼ぶお嬢様の声が懐かしかった。恋しかった。
もう一度、呼んで欲しいと思った。


「…お嬢様…っ…。」

「…だから、どうしてそこでその名前が出るのだ。」
お嬢様史上主義にも程があるだろう!

聞き覚えのある声に驚いて顔を上げると、怒っているらしいしかめっ面の理央が立っていた

帰りが遅いことを心配してわざわざ迎えに来てくれたらしい、と察して申し訳ない気持ちになった。そして己の格好を思い出して青かった顔色は色をなくした。

「も、申し訳ありません…!あ、あの、せっかく用意してくださったのに、こんな、濡らしてしまって…!そ、それに、引きずってしまったから、もしかしたら、破れているかもしれません…。あ、えっと、必ず、弁償します…!と、とりえず、お金は、お嬢様に工面して頂いて、…それで、あの迎えにまできて頂いたのに、でも、あの…!」

だんだん何が言いたいのかわからなくなって混乱した鳴鳴は、
とりあえず泣き止もうと顔を拭うが、後から後から涙がこぼれて止まらない。
おかしい、こんな風に人前で泣いたことなどなかったはずなのに。
情けなさとどうしようもない無力感で、子供のように泣いてしまう自分が恥ずかしい。

理央だって、泣いている子供など面倒なだけだろうに。

普段見慣れているはずの理央の呆れたような顔をなぜだか今は見たくなくて、
とまらない涙をそのままに、顔をそむける。

「あ、あの、多分、すぐ、止まりますから、今は、放っておいて、くださいません、か」

しかし、言ってすぐに失敗した、と後悔する。
ああ、なんて子供っぽくて可愛気のない。
こんな態度をとったら、せっかく迎えに来てくれたというのに、気分を害するに違いない。
これではとても顔なんて見れない。でも顔が見えない分、反応が怖い。
溜息にビクつく体をさらに縮めて震えを悟られぬように小さくなる。

そんな鳴鳴の後ろから、腕が伸びてきた。
過去の記憶がフラッシュバックして、殴られるのか、と目を固く瞑る。
だが、その腕は優しく鳴鳴を抱き上げると、何も言わずにすたすた歩いていく。

「宰相様…?」

「…だから、お前はいつまでそう呼ぶのだ」

何か詰まったような苦々しい理央の声に、恐る恐る見上げると、
その瞳にはただ気遣いと労りが写っていた。

「………力仕事は、管轄外、なの、では…」

「…これくらい、力仕事に入らぬ」

「…でも、普段より着る物も、豪華で、しかも、水で、濡れているし、重い、と…」

「…」

無言で歩く理央が少し怖い気もしたが、それでもなんで泣いていたかとか、どうして衣装が濡れているのだとか、何も聞かれぬことにほっとした。
しかし、このまま迷惑ばかりをかけているわけにはいくまい。

「あの、そのうち歩けるようになりますから、私のことは、どうぞ捨て置いてください」

「…」

いつ間にやら涙が止まっていたのに、ぎょろっと睨まれて、思わず涙目になりかけた。
なんで急に怒ったのか意味不明だが、これは黙っているのが吉だろう、と大人しく口を噤んだ。(このまま機嫌を損ねたら、落とされてしまうかもしれない!)

そして範家が見えてきて、ようやくほっと力を抜くと、道中無言だった理央がようやく口を開いた。

「…お前は、きっと知らぬだろうから言っておく」

「え?」

「困った時、助けてほしい時、甘えたい時、お前はただ、私の名を呼べば良い」

「…っ!」

「…わかったか」

鳴鳴は、何度も何度も瞬いた。
これは、理央の名前を呼べば、彼が助けてくれるということなのだろうか。
しかし、いったい、なぜ。

「…それ、は…」

「……見返りも謝礼も何もいらぬ」

「…でも、…どうして…」

「…」

理央は物をわからぬ子供を見るような目で鳴鳴を一瞥する。
こんなこと前にも何度かあったような、とデジャブを感じたと同時に、涙が止まって本調子が戻ってきた鳴鳴はむっと腹を立てて理央を睨みつける。

「…お前は私の妻なのだから、夫を頼るのは道理だろう」

「…あ…」

思ってもみなかったことを言われた、というかのように目を丸くさせ、無言で固まっていた鳴鳴は、一瞬の後、顔を真っ赤にさせて口をパクパクと動かした。
何かを言いたい、言わねばならぬ、しかし言葉が出てこない、そんな様子の鳴鳴をお構いなしに理央は返事は、と問う。

「…はい」

赤面しながらなんとか頷くと、蜥蜴にしか向けぬというあの綺麗な笑みを一瞬だけ浮かべる。そして満足気に鳴鳴の頭を一撫ですると、理央は範家の門をくぐった。


◆◆◆



「…娘の我儘を御せもしない手腕で、良い国策が出せるはずがない」

あんまりなこぎつけだったが、理央の珍しい個人的な事情に、過去の自分と重ね、同じようなことをしなかったわけでもなかった皇帝陛下は、笑って了承したのだった。


花蓮の「ねえ陛下」と上目遣いだかで袖を引かれてのお願い攻撃に弱いのが天輪だとするならば、理央は鳴鳴のけっして語らぬ意志を汲み取り本人に悟らせぬ間に全てを解決してしまう男である。
どちらが甘いか天秤にかけるのは難しいところではあるが、敢て言うならばどちらも奥方にメロメロだ。

前者はともかく、後者はその事実を奥方に気づかれたくはなかったのだが、そうはいかなかったらしい。

とある女性だけのお茶会の、主宰者とその取り巻きが、とある事件の罪で遠くに流された、という話は、鳴鳴の預かり知るところとなった。

まるで浮気でも問い詰めるような眼差しを向けられ、理央は内心むっとした感情を抱いたが、年上のプライドがそれを表に出すことを良しとはしなかった。

こういったことは地位と権威のあるものの特権であり、職権乱用といっても大したことはないというのに、この奥方はそういうことをいちいち気にしすぎるきらいがある。
どこかの能天気な娘のように割り切っても良いとは思うが、しかしそういう真面目なところも彼女の長所であり、理央が気に入っている部分であるからして、直して欲しいとは思わないのだが。


「…夫の甲斐性というのものだ。妻はそれに甘えていれば良い」

「…それは、あなたの妨げにはなりませんか」


―――嗚呼、可愛いことを言ってくれる。
真面目というよりは自分の立場を気にかけての言葉だったらしいと悟って、
一瞬腹を立てたことなどどうでもよくなってしまった。


「…この程度で揺らぐような、半端な地位ではない」

「…」

何かを言いかけて、それでも何も言わないまま呑みこんだ後、鳴鳴はありがとうございます、ともごもごとお礼を述べた。
素直じゃない、と本人は気にしているようだが、理央は鳴鳴のこの、頼ったことを情けなく思っているような、嬉しいような、くすぐったいような、どうしていいのかわかっていない、甘えに慣れていない様子が好きだった。

自分を素直に頼ってくれぬのは少し寂しいが、それでもこの娘を助けて、救っているのは自分なのだ、という優越感や支配欲が疼く。
この娘が頼って甘えるのが、生涯、自分一人であればいいとすら思った。

自分が心中で相当惚気ているという自覚のない宰相は、己の妻を抱き寄せ、呟いた。

「…お前がどうしてもお礼をしたいというなら、口づけをすればよい」

「…っ!?」

真っ赤な顔で、それでも羞恥心と戦っているらしい鳴鳴を、興味深そうに眺め、
しばらく待っていた理央は、それからもうしばらくして、ようやく頬の口づけを享受したのだった。


◆◆◆


そんなことがあった日の夜。

鳴鳴が身を清め、お湯で足を温めていると、眉間に皺が寄ったままの夫が顔を出した。

「足が痛いのか」

「えっ・・・いえ、別に、そんなことは」

しどろもどろに鳴鳴が答えると、誤魔化していると思ったのか、理央はますます眉間に皺を寄せ、眼光を鋭くさせる。
そして有無言わさずに鳴鳴を抱き上げるとそのまま寝具の上へと運んでいく。

理央は力仕事はしない主義だと言って憚らないが、奥方のことになると話は別らしい。

もっとも、彼曰く、この程度力仕事に入らぬ、らしいが。

昼間から迷惑をかけすぎである自覚があった鳴鳴は、せめて邪魔をせぬように体を小さくし大人しくしていると、こちらを見下ろす男と目があった。

「さ、宰相様・・・」

まさか目が合うとは思わず、驚いて、なんと言っていいかわからないまま鳴鳴がそう呼ぶと、理央は不満そうに溜息をついた。

「・・・だから、何度言わせる」

不機嫌と言うよりは、拗ねたような雰囲気に、鳴鳴は瞬きをし、我慢できずに噴き出した。
そんな嫁の反応にさらに機嫌を損ねたらしい夫に対し、鳴鳴は込み上げる笑いをなんとかおさめようと、軽く深呼吸して覚悟を決め、その名を呼んだ。
そして鳴鳴の目にうつったのは、鳴鳴にとっては見慣れた輝かしい笑顔だった。

「・・・辛い時は、素直に呼べ」

抱きあげて運べばお前の負担も減るだろう、と笑顔をおさめて憮然とした表情を作って述べる夫に、鳴鳴も自然な笑顔が零れる。
足に感じた違和感や疲労感など吹き飛んでしまったが、甘えることを許してくれる存在が恥ずかしくてむず痒くも愛おしく、頼もしく、鳴鳴は素直に頷いたのだった。


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贅沢は思いのほか支部で評価とブクマを頂けているので嬉しいです。
こちらも覗いてくださったようで・・・。
でも新刊でこの二人がクローズアップされないかぎり、もうネタは湧いてこなさそうなのが申し訳ない。
あとはストックが2本ぐらいあるのでそれを仕上げたいなぁと。
いつになるやら・・・ですが・・・(苦笑)



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