2011年7月10日日曜日

特権



※八晴

※晴香の誕生日捏造。





春の風が吹きつつも、日差しが温かな、夏を感じさせる気候。

きっと世界中の大部分の人にとっては
なんでもない、ただの日常の一部である今日という日。

しかし、晴香にとっては2つの意味を持つ日だった。

1つは、自分が1歳年を重ねること。

晴香の友達はおばさんに近づくから嫌。なんていうが、
晴香にしてみればとても大切な日だ。

自分と姉が誕生した日。

家族に、友達に、後藤さん夫婦に、一心さんに、奈緒ちゃんに、
石井さんに、真琴さんに、―――八雲に出会えたのも
20年と数年前の今日という日があったからだ。

生んで育ててくれた両親には感謝しているし、
こうして生きてみんなといられることもすごくうれしい。

自分はこんなにも幸せだ。




――――もう一つの意味は、姉との年が離れていくこと。

過去に何度も体験した、姉との距離が出来ていく瞬間。

季節が移ろうことでも、
背が伸びることでも、
初めて生理が来た時にでも、
たびたび実感していた。

時間が止まったままの姉。
時間が流れ変わっていく晴香。

離れていく。
もう、交わることはないのだと、思い知らされる。

姉が死んだ原因は自分であるにも関わらず。
そんなことを棚に上げて、晴香はただ嘆くことしかできなかった。

大好きだった。
その気持ちに嘘はないのに。
どうして、私は、あの時――――。


「晴香?」

冬美に呼ばれて晴香ははっと我にかえった。
せっかく友達が集まって晴香の誕生日パーティーをしてくれているのに
こんな態度では駄目だ。
晴香はなんとかごまかそうと懸命に笑う。

「ごめん!なんか、もうすぐおばさんになっちゃうな~とか考えてた」

「ふふふ~そんなこと言って。ホントは彼がいないから寂しいんでしょ」

「なっ・・・!べ、別に八雲君なんか・・・!」

「あ、赤くなった~。誰も八雲君が、なんて言ってないよ?晴香はやっぱり八雲君しか見てないんだ~」
独り身は寂しいって意味だったのに、八雲君ってやっぱりそういう対象なんじゃない。

美樹は嬉しそうに晴香をからかう。

しまった、と思う。

美樹は何かと晴香に彼氏をつくらせたがる。
八雲という存在を知ってからはなんとかくっつけようと
魂胆見え見えで晴香をせっついていた。
応援してくれることや、心配してくれるのはうれしいのだが、
晴香はどうしていいかわからず対応に困ってしまうのが常だった。

「もう。だから、別に私はそんなつもりじゃ…!」

「はいはい。まあ、今日は誕生日なんだからもっと素直になりなさい」

「ちょっと!誕生日ってこと関係ないでしょ!」

軽口を言いあって、ふざけあって、笑いあって、気づけばもう夕方だった。

『晴香も早く彼氏つくりなさい。っていうか、早く八雲君落しちゃえ』っと
応援なんだか、からかっているだけなのかわからないことを美樹に言われつつ、
友達と別れた。
ちなみに友達みんなはこれから彼氏と予定があるらしい。
ドライブだとか、ディナーだとか、幸せそうに笑っていた。

羨ましい、という気持ちがないわけではない。
その気持ちのせいなのか否か、
―――あるいは、お姉ちゃんのことを思い出したせいか―――
真っ直ぐ帰ろうという気にはなれず、八雲の部室に寄った。

「やぁ」

八雲は入ってきた晴香をちらりと見ただけで
読んでいる文庫本に集中しているのか、何も言わなかった。

珍しい。
いつもならば、暇人だなんだと嫌味を言うくせに。

晴香はそんな八雲に疑問と不信を持ちつつ、
きっと八雲は知らないだろうし、知っていてもきっと忘れているだろうから
自分から今日が誕生日であること告げる。 


「あのね、・・・今日、私の誕生日なんだよ」

「・・・そうか」

「うん」

「・・・君の姉が、君におめでとうと言っている」

八雲が文庫本に指を挟めて栞代わりにし、
晴香の方をやっと向いて言った。

「・・・じゃあ、お姉ちゃんにもおめでとうって言っといてくれる?」

「自分で言えばいい」

「・・・聞こえるかな」

「聞こえる。・・・そもそも君が言わないと意味がないだろう」

「・・・そうかな」
そうかもしれない。

おめでとう、とかすれる声で小さく呟く。
八雲はいつの間にか読書に戻っていた。

不思議だ。
なんだかささくれがとれたような気持ちになった。

こんなひねくれ者で意地悪な八雲と話しただけなのに。

八雲という存在は、いつもそうだ。
別に優しい言葉を言うわけでもない。
特別な何かをしてくれるわけでもない。
ただ、その場にいるだけで、こんなにも救われる。
息がしやすくて、生きやすい。
偽りないそのままの自分でいられる。
ほっと息がつける、そんな居場所。
泣かされることも、ムカつくことも、心乱されることも多いけれど
何かあった時につい頼ってしまうのは、
そのせいなのかもしれない。


心が落ち着いたからだろうか。
綾香の声を聞いた気がした。

なんだかしなきゃならない気になって
綾香との思い出を振り返ったりして
綾香がこの場にいるらしいことを感じようとした。

そしたら何故かまた泣きたい気持ちになって、八雲に気づかれないように少し泣いた。
ばれているだろうなと思いつつも、八雲が何も言わないことに甘えた。

流れた涙は、なんでだろう、すごく優しいものだった。



しばらくそうしていたが、だんだん落ち着いてきたので
帰ろうかと思って立ち上がる。
そして、そういえば八雲からおめでとうの一言を聞いていないと気がついて
ねだってみれば、さっき言ったろう、と結局言ってはくれない。

なんてケチなんだ。
誕生日プレゼントを用意しろとまでは言わないが、
おめでとうの言葉くらいは何回言ってくれてもいいだろうに。

そもそもあれは八雲の言葉ではなく、綾香の言葉だ。
八雲の言葉ではない。

そう主張してみたが、やっぱり駄目だった。
八雲に言わせれば、
僕の口から出た言葉なんだから僕が言ったことに間違いはない、らしい。
ひねくれものめ、と睨んでみたが八雲にはどこ吹く風。

悔しいから部室の冷蔵庫にあったお菓子や飲み物を全部食べた。
そして帰りに送ってもらった時(無理矢理)に寄ったコンビニでケーキを奢らせた。

八雲が不機嫌そうに、なんで僕が・・・とぶつくさ文句を言いながら
会計する横で、晴香は少し笑った。

私のマンションについたら一緒にケーキを食べようか。
美味しいココアをいれて。
そしたら詩織にも報告しよう。
今日で私がまた一つ年を重ねたこと。
夜は自分から実家に電話してみようか。
偶には夜更けに親子話もいいかもしれない。
ああ、でもまずは八雲の機嫌を直さなくちゃ。
そして、来年はちゃんと祝ってねって八雲にお願いするんだ。

そんなことをつらつら考えていたら八雲が会計を終えた。
コンビニを出てすぐ八雲の手を握ってみたら
一瞬びくっとしてなんだ、と目で訊ねられたので
誕生日の特権だよ、と返すと
なんだそれは、と呆れたような声で言って握り返してくれた。

誕生日っていいものかもしれない。
なんて、現金なことを思った。


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大切な人を失ったのならば誰でも一度は思うことなのでは、
と思いますがどうでしょうか・・・?
晴香は双子なのでさらにその想いが強そうです。



おめでとう、が本当に綾香の言葉なのか、それとも八雲の言葉か。
なんて、実は裏事情があったり。

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