2015年3月19日木曜日

Be in love with me


※ラスラン(戦ワル)

シャオレイは動かしやすいです。






「きゃあっ」

広場に悲鳴が響いたのは、ランがラスティンと買い物をしている時だった。
盗難にあったらしい女性が犯人にタックルされて尻もちをついている。
慌てて女性に駆け寄って助け起こすランをすり抜けて、ラスティンはその盗人を捕まえていた。

あっという間の出来事に、街の住民たちからも歓声が上がる。

キラキラ輝いて見える彼。
その横で顔を真っ赤にしてお礼を言う女性。
ただの人助けだとわかっているのに。
こんな気持ちになるのはどうかしている。
もやもやとした気持ちを抱えながらランは目を伏せで思案した。

彼の周りにはいつも人が集まっている。
楽しそうに、親しみのこもった視線が向けられる。
人の中心にいて、みんなのことをよく見ている。
もし困っている人がいれば、救いの手を差し出す。
華やかな容姿に、親しみやすい性格。
それに加え、彼のもつオーラや人の上に立つ才覚。
それは努力だけでは得られないものだ。

そんな彼だから、人が惹きつけられてやまないのだろう。

ああ、彼は生まれながらの王子様なのだと、今更ながらに実感する。

この気持ちはなんだろう。

ラスティンを遠くに感じる。
ラスティンが王子であることなど、最初から知っているのに。
どうしてこんなに、距離を感じるのだろう。



◆◆◆


また明日。と別れの言葉を告げるのはいつもランから。
そして暫しの別れの惜しみ、キスを仕掛けるのはいつもラスティンだ。
最初は啄ばむようなキスを交わす。
彼女の緊張をほぐすように軽く。
そしてそっと離れて、また優しく触れる。
今度は触れるだけのキスを少し長く。
それを何度か繰り返し、ちゅっとわざと音を立てて離れると、彼女は終わりだと思ったのだろう。
硬いままでいた身体から少し力が抜ける。
ラスティンはその瞬間を逃さずに素早く口づける。
今度は呼吸も思考も何もかも奪うような激しいキスを。
そうすると彼女は甘い吐息を洩らして、敏感な反応をしてくれる。
何度も何度も角度をかえて味わって、彼女の腰が砕けて呼吸困難になる少し前を見計らって唇を離す。
荒い息のまま、ラスティンにぐったりと身を預け、彼女は耳まで真っ赤になりながらも、潤んだ瞳で抗議する。

――ああ、もう最高に可愛い。
この腕の中に閉じ込めてしまいたい。
ずっと一緒にいたい。
離れたくない。
別れ間際、明日また会えるとわかっているのに、離れがたくなる。
大げさだとわかっているのに、まるで身を切られるような痛みを覚える。
別れの言葉が切なくなる。

ランは違うのだろうか。

別れ際に引き留めて駄々を捏ねるのはいつもラスティンだ。
愛を告げて離れたくないと我が儘を言って、ランの困った顔すら愛しくてたまらない。
理性で抑えているけれど、離れたくない、離したくないのは本心だ。
ニルヴァーナでの生活が気にいってるのも本当だし、『暁の鷹』だってまだまだ活動していきたい。
だが、ランを自分のものにして独占するためにヴィアザールに帰りたくなる気持ちがあるのも本当だ。

ランからの愛情も確かに感じる。
だが、ラスティンと同じ気持ちというよりは、友愛の方が大きいのではないかと少々思うところがあるのも事実。
愛情を比べることなど、馬鹿らしいとわかってはいるのだが。


◆◆◆


学園での授業や鍛練を終え、ランは日課となっているルナリアの花を届けた後、学園へと歩いていた。
数日前のあの日からなんとも言い難い複雑な気持ちを抱えているランにとってはありがたいことに、ここ数日は『暁の鷹』の任務はないらしい。
俺もついてく、と好意で言ってくれたラスティンには悪いが、たまにはゆっくり休んで、ともっともらしいことを言って同行を断り、ランは一人溜息をついた。
酒場でコレットと世間話をしている時は気が紛れていたのだが、やっぱり一人になるとついつい考えてしまう。

「ふぅ」

「あーら。どうしたの?とても青春を謳歌している少女とは思えぬ溜息ね?」

「シャオレイ」

「ふふふ。何かあったのね?貴女って本当にわかりやすいわ」

「…」

どうやらバレバレのようだ。
一目見ただけでわかるだから、ラスティンもユリアナもコレットも気づいただろうか。みんなに心配をかけるのは申し分けないなぁと思いつつ、ランは重い口を開いた。

「…あのね。…シャオレイからみて、ラスティンってどう?」

「え?」

「その…ラスティンってかっこいいし、背も高いし、強いし、本当に王子様ってかんじで、モテるのもわかるというか」

「なにそれ惚気?」

「えっ」

そんなつもりはなかったランはシャオレイの指摘に驚き、顔が真っ赤になった。そんなランの反応にシャオレイは呆れたように手を頬に当てた。

「…鈍い子だとは思ってたけど、無自覚とはね…」

「うう…」

あまり苛めないで、と恥ずかしさに手で顔を覆うランに、シャオレイは気を取り直して話の続きを促した。

「…それで?」

「…なんだか、もやもやするの」

「…」

「ラスティンがわたしのこと大事にしてくれてるのはわかってるんだけど、なんか、落ち着かないの。ラスティンのこと、信じてるのに、本当は不安なのかな…」

ただでさえモテるラスティンだ。女性に困ったことなどないだろうし、引く手数多だろう。
そして一国の王子と平民の娘であるという身分の差も加わって、ランは臆病になっていた。
いつか、彼に相応しい人が現れ、この恋が終わってしまうかもしれない、と。

ラスティンの愛情は伝わってくるし、こんな気持ちになることは彼の気持ちを疑っているようで、彼に悪いとも思う。
そんな複雑な気持ちを抱えつつ、ランはそれだけでは説明できない暗い感情を持て余していた。

「…ラスティンが、優しいのは知ってるけど、他の女の子に手を差し伸べている姿を見て、本当の王子様なんだって思ったの。それで、なんだか変な気持ちになったの。人助けだからいいことなのに、当たり前のことなのに、それを傍でみてる私が、なんだか急にみじめっていうか、なんでここにいるのかって思っちゃって、逃げ出したくなったの」

泣き出す一歩手前のランの表情に、出来の悪い生徒を持った教師のような眼差しを向け、シャオレイは言った。

「…バカねえ。ヤキモチぐらい妬いたっていいじゃないの。むしろ、あの王子様は貴女のそんな可愛い嫉妬を嬉しく思うはずよ」

「…やきもち…」

初めて聞いた言葉を繰り返すように茫然と呟いたランは、瞬きを繰り返す。
そんな子供のような顔に笑いをこらえながら、シャオレイはわかってなかったのね、と内心で呟く。

「初めての恋に戸惑う気持ちはわかるわ。誰だって経験のないことは怖いと思うし、逃げたくなるものよ。でも、大丈夫よ。貴女の王子様は、貴女の気持ちをちゃんと受け止めてくれる人でしょう?」

こくり、と小さく頷いたランをいい子いい子するように宥めるシャオレイは髪を撫でた。

「…ふふふ。恋する乙女は大変よねぇ」

「…シャオレイ。楽しんでる?」

「あら。心外だわ。私はいつだって恋する女の子の味方よ」

ウィンクしてそう告げるシャオレイに、ランはやっぱりからかわれてる気がする、という疑いの眼差しを向ける。

そんなランを気にした風もなく、シャオレイはランを励ますように笑いかけた。

「いいことを教えてあげるわ」

シャオレイは、まるで魔法をかけるかのように言葉を紡いだ。

「女の子はね、生まれながらして誰かのお姫様なのよ」
もっとも、童話のように待っているだけでは王子様は来てくれないけどね。

最後の最後に甘いだけではない言葉を残して、また何かあったら相談にのるわ、とシャオレイは颯爽と去っていった。

――ヤキモチ、嫉妬。
ランとて今までその気持ちが芽生えたことがなかったわけでない。
ラスティンを好きになってから、幾度か抱いたことがある。――例えば過去の女性。
ただ、今回は明確に嫉妬の対象となる女性が現実にいたから、こんなに不安になったのだろう。あの助けた女性が悪いわけでも、ラスティンが悪いわけでもなかったから、どこへこの感情をむければいいのかわからなかった。
むしろ、この激しい感情があること自体を認めたくなかったのかもしれない。
だから、どうやらこのモヤモヤもその類らしいと自覚すると、幾分楽になった。
そういう感情をどう昇華すればいいか、ランは知っている。


◆◆◆


数日前に一緒に買い物出かけた日から、ランの様子がおかしい。
デート中はそうでもなかったのだが、帰る時間ぐらいになってから心ここにあらずで会話はなんだか上滑り気味だった。
今日だって、ルナリアの花を届けるという大義名分のある夜間デートを断られてしまった。いつもなら嬉しそうに頷いてくれるのに。

ランとの時間が減ってしまったことを残念に思っていたラスティンは、ユリアナから説教を食らったこともあり、ますます気分が滅入っていた。
ユリアナ曰く、ランがここ数日元気がなく、睡眠もあまりとっていないらしい。
あんたと出かけてからおかしくなったんだから、あんたが何かしたんでしょ、と詰め寄られ、ランの様子に心当たりがあったラスティンは思わず無言になってしまった。
そして夜遊びであるとか、過去の恋人との付き合い方であるとか、ラスティンの素行の悪さを事細かく上げて説教するユリアナの話を大人しく聞く羽目になった。
女の友情を美しく思うか、大きなお世話だと文句を言うべきか迷ったが、ユリアナがランのことを心配してくれていることは確かである。
それに過去の自分の素行は今の自分からみても確かに悪いとは思うので、ランと話をして解決するという結論を出してなんとかお許しをもらった。

そして校門で帰ってくるランを待ち伏せしていると、ランは数日間の憂いがなかったように輝かしい笑顔を浮かべてラスティンの名を呼んだ。

「ラスティン!」

「…」

「待っててくれてたの?ごめんね、もっと早く帰ってくればよかった」

「…ラン。何かあったのか?」

「え?」

「ここ数日、なんだか元気なかっただろ」

「あ…」

やっぱり彼にもお見通しだったか、と心配をかけたことを謝り、ランは恥ずかしそうに告げた。

「…あのね。実は、私、結構ヤキモチ妬きだったみたい」

「…は?」

「…この前、街で荷物を盗まれた女性を助けたでしょう?人助けなのに、なんだか、ラスティンととの女性が並んでる姿を見て、もやもやしちゃって。私のラスティンなのにって」

「…」

「ラスティン?」

無言のラスティンは、突然ランに抱きついた。

「きゃあ?!」

驚きつつもおずおずと背中に手を回すと、さらにぎゅっと強くラスティンはランを抱きしめ、長く深いため息をついた。

「はああああ…。…あー、良かった。実は不安だったんだよね。俺のこと、ヤキモチ妬いてくるほど好きじゃないのかなって」

「え?!」

「あんたが照れ屋で恥ずかしがり屋なことは知ってるけど、でも、ちょっとぐらい妬いてくれるかなーって思ってたんだけど、そんなかんじ全然ないし。俺ばっか妬いてるし」

「そんなことないよ。…私だって、その…妬いてたよ?」

「じゃあ、言ってくれればよかったのに」

「…だって、きりがないかなって」

「え?」

「…私は、ラスティンが初めての彼氏だけど、ラスティンはそうじゃないだろうし、じゃあ、前の彼女はどんな人かなって思っちゃって。素敵な人だったんだろうなとか、髪は、瞳の色は、身長は、性格はとか色々自分と比べちゃうし、じゃあ、その前の女性はって…どんどん考えこんじゃうから…」

「………………」

固まったまま無反応かつ無言のラスティンに、ランは慌てたように言い募った。

「いい!わかってるの!過去なんて関係ないし、私がもっともっとラスティンに好きになってもらえるように頑張ればいいだけだってわかってるの!だから、そんなこと気にしないようにするし、もっと、もっと、頑張るから…。…その、あの…ごめんね。…呆れちゃった?」

何か言って欲しい、と困りきってこちらを見つめる上目遣いの瞳が潤んでいる。
こんなことを打ち明けるつもりはなかっただろう彼女の頬は真っ赤に染まっている。
慈しみ大事に大事に想っている愛しい彼女に、こんな顔でこんな可愛いことを言われて喜ばない男がいるだろうか。いや、いない。もしいるとしたらそいつはどうかしている。

込み上げる愛しさをそのままに、ラスティンは己の激しい感情をぶつけるように口づけた。

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