※十鬼の絆
※秦雪前提オリキャラ中心シリアス
※雪奈のキャラ崩壊気味
誰得なのってかんじですが、なんか降って湧いたのです。
本当は秦ではなくて八千雪にするはずだったのですが、それだと雪奈の設定が難しくて断念。
八千代のネチネチした説教とかいたぶり書きたかった…。←
―――それは、八瀬の里から秦の元に帰る間に立ち寄ったとある街での出来事だった。
「俺と一緒に死んでくれないか」
見ず知らずの初対面の男にそう言われ、頷く女などいないだろう。
雪奈だって周りから世間知らずだとか変な女だとか散々言われているが、さすがにそこまで愚かではないつもりだ。
―――しかし。
そんな厄介な男の話を聞いて心配になってしまうぐらいには彼女は馬鹿で優しすぎる女だった。
◆◆◆
「妹が、祝言を挙げることになったんだ。なんだか、なかなかその実感が湧かなくてね。実感できないうちにとうとう隣の里に向かって出発していった。その移動中に賊に遭って殺されてね。花嫁衣装着た艶やかな姿だった妹が、目も当てらない姿になって帰ってきた時には夢かと思った。」
男の最初の一言にはしっかりと拒否を示し、しかし、なぜ死にたいのか、何があったのかをを問うと、男はゆっくりと口を開いた。
「いまだに、信じられないんだ。あんなに嬉しそうに、楽しそうに、笑っていた妹が、もう、いないなんて。なぜ妹だったんだろう。…幸せになるはず、だったんだ。…もう、会うこともないのかと思うと、…なぜ、俺は、あいつを守ってやれなかったのかと、…後悔してもしきれないんだ…。」
痩せこけた頬に、滴が流れ落ちた。
「君は、似ているよ。その美しい黒髪も勝気な瞳も、頑固で真面目で素直なところも。…だからかな。君とは初めて会ったという気がしない。頭のおかしい男だと思われるのは承知で、あんなことをつい言ってしまった。普段の俺ならこんなことを言わないはずなんだが。どうも、妹を失ってとうとう気が狂ってしまったのかもしれないね。」
「…貴方は、愛していらっしゃったんですね、その妹さんを。」
「…。」
男は、虚を突かれたような顔をした。
思ってもいなかったことを指摘されて驚いた顔だった。
「……俺は…。」
昔からずっと一緒だった。共に育ってきていつも傍にいた。
あまりにも近すぎたから、気づけなかった。
かけがえないのない存在だということに。
「…こんな感情を持つなんて、血を分けた妹を相手に、どうかしている。」
「そうでしょうか。恋や愛は自分では制御できない感情です。貴方の相手が偶々妹だった。ただそれだけのことです。」
「…そういうものだろうか。…俺は、この想いは、許されるのだろうか」
「…貴方の想いは、貴方のものです。誰にどう思われようとどう言われようと関係ありません。」
「…そうか…そうなのか。」
「はい」
雪奈がきっぱりと断言するのを見て、男は破顔した。
「…君の名を、教えてくれないか。」
「…不知火雪奈です。」
「そうか。…雪奈。響きの良い綺麗な名前だ。君に相応しいな。…話を聞いてくれて、ありがとう。…最後に、君みたいな子に出会えてよかった。どうか、幸せに。」
今まで浮かべていた笑みが、偽物だったのだとわかるような、晴れやかな笑顔だった。
もう二度と会うこともないだろう。
だが、雪奈はこの男に出会えてよかった、と思った。
◆◆◆
―――その夜。
雪奈が静かに屋敷に戻ると、秦がお冠の笑顔で迎えた。
どうやら街での出来事について報告がされていたらしい。
稼ぎに出ている鬼もいる街だったので、偶々そこに不知火の里出身の鬼もいたのだろう。
そこで棟梁の妻が他の男と逢い引きをしている様子を見れば、報告があってしかるべきなのかもしれなかった。
「お菓子に釣られ、見知らぬ男についていくとは何事ですか!そこまで貴女が馬鹿だったとは…。呆れを通り越して悲しくなりましたよ私は。まるで私が貴女の望む物を与えられない甲斐性なしの男と言わんばかりではないですか。」
「そんなことはありません!秦さんは私にはもったいないぐらいのとても素敵な旦那様です。」
「なら、なぜ、他の男にのこのことついて行ったのです。私が独占欲が強く、嫉妬深いことは貴女もわかっていると思っていましたが?」
兄貴肌のしっかりとした男性のような方かと思えば、時折、この世を儚んで浮世離れした一面を見せる。
その不釣り合い差が雪奈を不安にさせた。
笑っているのに泣いているようで。大人なのに子どものようで。
放ってはいけない、と思った。
彼の意には添えなくても、せめて傍にいて話を聞くことぐらいしても良いのではないかと思ったのだ。
「…理由になっていませんね。しかも。千岳?八千代?…よりにもよってその名前を出すとは…。再教育が、必要なようですね?」
「…」
いつもなら秦の怒りとあくどい笑みに恐怖に駆られて逃げ出そうとする雪奈は、しかし今日に限っては秦にぎゅっと抱きついた。
「…いったいどうしたのです。」
いつもと違う妻の様子に秦は一旦怒りを治め、抱きついてくる妻を安心させるように包み込んだ。
そして首筋に顔を埋めてすり寄ってくる雪奈の背を撫でる。
「…貴女がこんなに素直に私を求め、甘えてくるのは嬉しいですが…。何故、そのような顔をしているのでしょうか。私の妻を泣かせるなど、その男にお礼をしに行かなくてはなりませんね?」
普段なら止めてください、と秦を諫めるだろう雪奈は無言のままだ。
どうやら今は何も言うつもりはないのだと悟ると、秦は諦めたように溜息をつく。
「…本当に今日の貴女はいつも以上に変ですね。…仕方がないですね。私も貴女にはどうも甘くなっているようで不本意ですが」
これは悪い傾向です。
そう言いながらも秦の口調は甘く優しいものになっている。
「愛していますよ、雪奈。愛しい貴女の憂いを、私が忘れさせて差し上げましょう」
そっと床に倒された雪奈は結局何も言わぬまま、秦の背に腕を回した。
閨で理由を問われるかと思ったが、その日の秦は雪奈を慰めるようにいつも以上に労わって優しく触れてくれた。
―――雪奈は秦を愛している。
この想いが許されざるものだったとしても、止められない。
あの男は悔いていた。
もっと妹にしてあげられることがあったのではないかと。
しかしもうあの男には何もできることがない。
想いを告げることも、妹に何かをしてあげることも。
もう、彼女はいないのだから。
ただ彼女を想うことしかできない。
雪奈は考えてしまうのだ。
男鬼とて不死身でない。
もし雪奈が秦を失うことがあれば自分はどうなってしまうのかと。
初めての恋に戸惑うことばかり。
そんな雪奈を秦は全てわかってくれて、諭してくれて、導いてくれる。
だから雪奈は安心して秦を愛していける。
しかしそんな秦がいなくなれば自分は―――。
本当に、狂ってしまうかもしれない。
失う可能性を考えるだけでこんなに苦しいのに。
本当に失った時、その痛みに、苦しみにとわられずにいられるのだろうか。
―――あの男は多分、もうこの世にいない。
妹を追っていくのだろうと雪奈にはわかった。
しかし雪奈には痛いほどその気持ちがわかってしまったから、止めることもできなかった。
自分は愛を知って強くもなったけど、弱くもなった。―――否、もう狂っているのかもしれない。
以前の自分なら馬鹿なことを、と絶対に止めただろう。
だが、彼の気持ちがわかる今の雪奈には彼を止める術が見当たらなかった。
彼は愛していたのだ。
それだけだったのだから。
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