※ラスラン(戦ワル)
※ソロン視点
※ぴくしぶUP済み
――彼女が欲しい、とソロンは最近心底思う。
こんな胸やけしそうな光景を見れば、誰だってそう思うだろう。
あるいは、恋人や配偶者がいる者であれば、愛しい人に会いたくなるのかもしれない。
◆◆◆
厄日というものは、こうも突然に訪れるのだろうか。
いや、一日で終わるものではなかったのだから、厄週とでもいうべきなのか。
―――それは週の初めの出来事だった。
『暁の鷹』の団員達は各自、それぞれの恰好をしている。
頭に巻くターバンやバンダナ、衣装は赤系の物。
そういった類似点はあれど、別に決まっているわけではない。
しかし、シェルヴィーンの服装は、実はラスティンと似通っている。
見ようによってはペアルックと言えなくもないかもしれない。
そこにラスティンの主張が見え隠れしているのは、実は団員の中では誰もが察している公然の秘密だ。
今日も今日とて、男装したランが最後の仕上げと言わんばかりにストールを巻いている時だった。
ストールから垣間見えるうなじの赤い痕。
虫さされに見えなくもないが、しかし気づきたくなかったことにソロンは気づいてしまう。
あれはキスマークだろう、と。
あの様子ではランは気づいてはいないのだろう。
それなら余計はことを言わないほうがいい。
そのぐらいはソロンだってわかる。
しかし、あのストールの巻き方ではキスマークはバレバレだ。
全然隠れていない。
もう一回巻きなおしてもらうべきなのだろうか。
だが、ソロンがそう告げれば、なぜ、と彼女は疑問に思うだろう。
今だって、よし、これでOKっと言いたげに鏡で確認しているのだから。
それにだ。
もし、ラスティンが虫よけ目的であれをつけたのであれば、隠さないほうがいいのだろうか、とも思う。
団の統領であるラスティンは、この恋人をそれはもう大層大事にしている。
普段の接し方からしてもう愛情が溢れているし、任務の際は片時も傍を離れない。
かつての彼の遊びの恋愛を知るソロンは、彼の本来の女性の愛し方とのギャップに戸惑い、思わずむず痒くなるほどだ。
どうすればいいのか迷いに迷ったソロンは、ランを見つめ続けている自分に気づかなかった。
「ソロン?どうしたの?具合でも悪い?」
そして様子のおかしいソロンを心配した心優しき少女は、ソロンの額に手を伸ばし、熱でもあるのかと測ろうと試みた―――ようだった。
ようだった、とつくのは、途中でランの手が遮られたからだ。
彼女の小さな白い手を包み込むように握ったその人は――。
「ラスティン」
「ラスティン様!」
「ソロン、具合が悪いのなら無理はするな。今日は帰れ」
言葉だけ聞けば、ソロンを気遣い労わっている言葉に聞こえるが、実際は違う。威圧感をかんじ、思わず恐怖を覚えるほどの威嚇。
何か地雷を踏んだらしい、とまでは気づいたが、それ以上の心情を察することなどできるはずもなく、ソロンはただただこれ以上頭の機嫌を損ねまいと頷いた。
―――その次の出来事は、週の半ば。
仕事の都合で『暁の鷹』の任務に参加できなかったその日。
仕事終わりが真夜中になり、眠気もMAXで早く帰ろうと歩いていた時だった。
霧が出ているので、いつもと同じ道でも足がとられやすく、眠気も相俟ってふらふらと転びそうになりながらも足を進めていたソロンの耳に、男女の声が聞こえてきた。
どうやら転びそうになった女性を男性が間一髪で助けたらしい。
抱きとめられた女性を気遣っているのか、からかっているのか、抱っこして運ぼうか、と提案している男性の声に、聞き覚えがある。
いや、聞き覚えがあるどころではない、よく知った声。
よくよく耳を澄ませば、女性の声もよく知った人物であった。
まさか、え、なんでこんなところに。
思わず自分の耳を疑うが、アジトから学園へ向かうルートを考えれば、ここを通っても不思議ではなかった。
ソロンが固まっている間に、何故かは知らないが――いや、恋人達が愛を深めるのに理由などいらないのかもしれない――二人の距離はさらに近づいていた。
霧でよく見えないのが幸いだが、影の形でラスティンがランを壁に押し付けて迫っているのがわかった。
ええええええ!!いくら霧が出てるからってここ道の真ん中っすよ!公共の場ですよ!いやいやいやいや!落ち着いてくださいラスティン様ぁあああああ
そんなソロンの心の叫びは聞こえるはずもない。
しかしここで聞こえていたのならば、いい所を邪魔されたと憤慨されるだろうから、絶対に声を出してはいけない。
ここにいることを気づかれてはならない。
そうはわかっているが、ここで彼らのイチャイチャを見るのも辛い。
一体自分はどうすれば。
遠回りして帰ろうかとも思うのだが、しかしどのルートを選ぼうとも、この道は必ず通らねばならない道なのだ。
結局、ソロンは恋人たちの密事が終わるまで、なるべく見ずに聞かずに気にせずに、その場をじっと動かずにいるしかなかった。
そして、次に『暁の鷹』の任務でランと会った際、この時のことを思い出してソロンは顔を真っ赤にしてしまい、ラスティンにド突かれることになる。
―――そして最後は、週の終わり。
その日も仕事の都合で『暁の鷹』の任務の集合時間に遅れ、それでも一分一秒でも早く行かねば、と全力疾走していたソロンは、すっかり忘れていた。
団の統領と、その恋人も、学業ゆえに集合時間を過ぎての集合となることを。
「ひいいいい遅れたっす!」
階段を降り、バンと勢いよく扉を開けるとそこには。
そこまで密着し合う必要があるのか、と思わずツッコミたくなるほど距離が近いラスティンとラン―――シェルヴィーンの姿があった。
「おお。お疲れ」
「お疲れ様」
二人は入口付近で固まったままのソロンに対しても普通に笑顔で挨拶を交わし、特に離れる素振りは見せなかった。
え、なにこれ、俺お邪魔?と焦ったが、ラスティンの機嫌は変わらない。
ギリギリセーフ?と胸をなでおろしていると、ランはカウチ――というよりもラスティンの膝の間から降りて、終わったよ、と声をかけた。
どうやら髪結いやら装飾品やらお互いにつけあって変装の準備をしていたらしい。
なるほど、納得―――するわけない。
いやいやいやいや。おかしいだろう。
自分でやった方が絶対早いし、そして慣れているのだから見栄えもいいだろう。あんなお互い向き合って、というか抱き合って(?)なんてやりずらいに決まっている。
それを当たり前のような空気でやってのけている二人にソロンは眩暈がした。
え、え、え、これってどういうことだろう。なにこの夫婦。
ソロンの戸惑いをわかっているはずの統領は、おい、早くしろ、とソロンを促す。方や、ランは固まったままのソロンを不思議そうに見つめている。
男装してるとはいえ、大きな美しい瞳で見つめられれば胸が高鳴る。
尊敬する統領の大事な人とはいえ、こればかりはしょうがない。
こんな可愛い子に見つめられてときめかない男はいない。
「ソロン」
「ひぃっ」
笑顔で、しかしいつもよりも若干低めの声で名を呼ばれ、ソロンは悲鳴を上げた。
「ほら、さっさと行くぞ。…………わかってるな?」
前半はランにも聞こえるように。しかし後半は耳元で、ソロンしか聞こえない声で脅しをかけられ、青い顔で震えながらも頷くことしかできなかった。
―――そんなことがあった日の深夜。
無事に任務も終わり、いつも通り祝杯の宴と言う名で、仲間で喜びと互いの健闘を讃え合いどんちゃん騒ぎをしていると、酔っ払った一人の団員がソロンに忠告の言葉を投げかけた。
「え?」
「だーかーら、気ぃつけろよって言ってんだよ。お前、お頭から目をつけられてんだから」
ソロンは真っ白になった。
尊敬し敬愛するラスティン様に嫌われている?!
そんなのは耐えられない。
いったい自分は何をしてしまったのだろう。
彼に身も心も捧げるほどに忠誠を誓っているソロンはショックで泣きそうになった。
「まあ、お前は確かにあの子とは年も近いし、もともと団に入る前から顔見知りだったとは聞いたけどよ。あんま、近づきすぎるなよ」
「そうそう。お頭の目、時々本当に怖いんだからな」
「こっちまで震えあがりそうになるぜ」
言葉も出ないほど落ち込んでいたソロンはみんなの言葉からの聞き、真っ白だった顔が青くなった。
「えええええええええ」
そりゃ、可愛い子だとは思っている。
ラスティンをかえてくれて、ヴァイアザールを救ってくれた恩もある。
ラスティンの特別な存在というだけで、ソロンにとっても守るべき大事な人だ。
しかし、だからといって別に好きとか愛とかそういう感情を抱いてるわけではない。
誤解だ。
「違いますよ?!俺は別にあの子とどうにかなりたいわけでも、下心あるわけでもないっすよ?!」
「そりゃわかってるよ。ただなぁ。ほら、恋は盲目なんだよ」
「お頭、意外に余裕ねえなー」
「えええええ」
団員達は笑っているが、そんな境地にソロンは立てない。
そんな理不尽な。
つまりは嫉妬かヤキモチか。
束縛が激しいタイプには見えなかったが、本物の恋というのは勝手が違うらしい。
「お、俺、ちょっと外の空気吸ってくるっす…」
よろよろと席を立ったソロンは気づいていなかった。
皆が盛り上がる様を見ながら、カウチに座り、水煙草を吸っているはずのラスティンの姿がなかったことに。
そして自分のここ一週間の運勢が相当悪かった、ということに。
―――外に出ようとしたソロンが、階段を上ろうとした時。
階段の踊り場に座り込んでいる男女がいるのがわかった。
ここまできたらソロンだって展開が読めている。
あのカップルが誰かもわかっている。
そっと踵を返そうとしたソロンはしかし、酔っていたこともあり、つい焦ってごん、という音を立てて扉に頭をぶつけてしまった。
―――ジーザス。
神などいない。
いったいここ一週間、俺なんでこんなに間が悪いんだ?
お祓い受けるべきか?
悶々と考えている暇などなかった。
ここは素直に謝罪すべきだろう。
邪魔するつもりなどなくても、二人の時間に水を差してしまったことにはかわりない。
土下座だ。
「すみません!」
コメツキバッタよろしく頭を下げようとしたソロンを制したのはラスティンだった。
「おい、もっと静かにしゃべれよ。ランが起きる」
「え…?」
よく見れば、ランは酔っているらしく、目を閉じてラスティンの膝の上で目を閉じていた。そんなランの髪を愛おしげにすいているラスティンは、しょうがないな、という表情でランを見つめている。
「偶には宴に参加したいってごねてたから、雰囲気だけでもってお酒一杯だけ飲ませたんだけどさ、予想外に弱かったっぽい」
苦笑に滲む愛しさに、気づかないほうがおかしい。
ランが可愛くて可愛くてしょうがないと言外からも伝わってくる。
謝って即座にこの場を離れるつもりだったソロンは、しかし、そんなラスティンの様子に言葉をなくした。
いつも宴に参加したいと言っていたランの言葉をずっと拒否していたラスティン。だが、愛しい彼女の願いを叶えるため、自分のエゴとを天秤にかけ、ギリギリ許せる範囲で譲歩をしたのだろう。
二人が一枚の宗教の絵のように神々しく見えて、愛とは美しく輝くものなのだと、ソロンはなぜか唐突に理解した。
そんなソロンを神がどう思ったのか。
一人の女性の声に、一瞬にしてその場の雰囲気は変わる。
「…ン…」
色っぽい寝息にドキドキしたソロンをラスティンの嫉妬から救ったのは、原因でもあるランだった。
「…ぁ…らすてぃん…?」
「ああ…。起きたか。気分は?待ってろ、今水を…」
「…やぁ…どこ、いくの…」
こんなに甘い声を、ソロンは知らない。
こんなに優しく慈愛に満ちたラスティンの瞳も、宝物に触れるかのように大事に大事に触れる手も。
二人の世界に入ってしまったカップルをおいて、ソロンはそっと扉を開けて来た道を戻った。
―――ああ。彼女が欲しい。癒しが欲しい。
彼女がいれば、ラスティンだってヤキモチが収まるかもしれないし、
もし理不尽な嫉妬にあっても、彼女のために頑張ろうと思えるだろう。
なにより。
あの二人のように互いを信頼し、愛し合える関係が羨ましい。
互いが唯一無二の存在で。
その愛は至高のものだろうと思うのだ。
厄日が続いたソロンに彼女ができる日がくるのか、それはまだ、誰も知らない。
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