※八晴
※結婚後(子供有)
本当に雲のような人。
でもそんな彼を私が縛ってしまった。きっと彼はいつか私の前から消えてしまう。
そんな不安がいつも消えなかった。
—約束しただろう。
事件があって心配する度に彼は私を安心させようとそう言ってくれるけど、私はすごく焦りを覚える。
信じていないわけじゃない。疑っているわけでもない。ただ、どうしようもない不安が私を襲う。
眠れずに夜が明けてしまった時もあった。
玄関の前で目を赤くして待っていた私に、帰ってきた彼はそれはもう鬼のような形相で怒ったけれど。
でもそれでも私は嬉しかった。
—八雲君が帰って来てくれた。
安堵でボロボロ涙を流す私に彼は決まって困ったような顔をして抱き締め優しいキスをする。
それがまた涙を誘う事など彼はきっと知らないのだろう。
さらに泣き出す私に泣くな、と耳下で囁く声は苛立ったようなでも微かに切なさを含んだ小さな声。
そして結局は私が泣き疲れるまで何も言わずにそっと抱きしめたままでいる。
きっと彼は私の不安になど気づいていない。
鈍い彼が、自分の事など気にも留めない彼が、私の不安に気づく筈がない。
—それでいい。
きっと気づいてしまったら、彼の行動をますます縛ってしまう事になるだろう。
彼の自由を奪ってしまうだろう。
彼を縛る事など本意ではない。だから、いい。
優しい彼が、聡い彼が、どうか気づかない事を願う。
でも、その一方で私は彼が気づいてくれる事も願ってしまう。
もし彼が気づいたのなら、きっとどこにも行かずに私の傍にいてくれるだろう。
私を安心させようとしてくれるだろう。
でも、そうしたら、それでは彼はどうなる。
私に彼の自由を奪う権利などある筈がない。
自由気ままで我儘で自己中でどうしようもない彼。
でも、そんな人を好きになってしまった私に、そんな彼のらしさを奪うのは間違っていると思うから。
これは私が背負う業なのだと、一人、彼のいない部屋の片隅で考える。
今日はいったい何時になるんだろう。怪我はしてないだろうか。ちゃんとご飯は食べただろうか。
—玄関で待っていて怒られて以来、晴香は寝室で寝た振りをして過ごしいる。
でも今日は満月でついつい月を眺めるように窓の傍で突っ立っていた。
彼が帰ってくる前にはベッドに入らなければ。
きっと暖房も入っていないこんな寒い真っ暗な部屋で待っていたのではまた怒られてしまうだろう。
ふと耳を澄ますと、車のエンジン音が聞こえた。
—ああ。八雲が帰ってきた。良かった。良かった。
思わず涙ぐんで、慌ててベッドに入った。
息を殺し、泣かないように踏ん張っているとドアが開いたのがわかった。
「…3時か…。…遅くなったな…。」
小声でも、八雲の声が聞こえたのが嬉しくて、つい起きたくなってしまったが、
今起きて泣かずにおかえりを言える自信がなく、その衝動を流す。
(たまには笑っておかえりと言ってあげたいのにな…。)
八雲は2才になったばかりの愛娘がぐっすり寝ているのを確かめると、そっと晴香の元に近づいてくる。
晴香は寝ているだろう奥さんに八雲が優しく触れるだけのキスの雨を降らし、
ギュッと抱きしめてくれる事を知っていた。
そして、八雲のその動作が堪らなく嬉しくて大好きだった。
八雲が帰って来たのだと安心出来る、たったひとつの方法だった。
…だが、今日は額にキスをされただけで一向に続きが来なかった。
不安になってきた所で、八雲の低い声がした。
「—おい。いつまで狸寝入りしているつもりだ。」
…どうしてバレたのだろう。
呼びかけてもまだ寝た振りをしている私にさらにイラついたのか、八雲がデコピンをしてきた。
いきなりでびっくりして起き上がる。
「ちょっと痛いじゃない!何するのよ!」
「そんなに強くした覚えはない。それよりなんでちゃんと寝てなかったんだ。遅くなると連絡しただろ。」
「…別に…や、八雲のデコピンで起きただけよ!」
「…じゃあ、なんでこんなにベッドが冷たくて君の体温もこんなに低いんだ。」
暗くてよく見えないが、きっと眉間にシワが深く寄っているのだろう事はわかる。
—ああ、やばい。これは完全に怒っている。
ここで上手く誤魔化せればいいのだが、残念ながら晴香はいつまで経っても八雲に上手く嘘をつけた試しがない。とりあえず墓穴を掘るよりは、と黙ってみるが、八雲の目は早く話せ、と無言で責めてくる。
「…君は…僕に、何か言いたい事があるんだろ…?」
「…。」
「…晴香。」
重苦しい雰囲気に耐えかねて口にした言葉はやっぱり間違えだった。
「…や、八雲君、は、…私と、結婚して、良かっ、た…?」
「…。」
八雲が目を見開いた。
―ああ、失敗した。率直すぎた。
そう思った時にはもう遅かった。
八雲の眉間にシワがよる。
「…君は、どうなんだ…?」
久しぶりにこんな声を聞いた。怒ってるんだろう、でも切なさを孕んだ声。
私が悪い。—でも。八雲君だって…!
「…っ、八雲君は、知らないんだよ!八雲君の事私がどんなに心配してるか!
私がどんなに…どんなに大事に想ってるかなんて!」
突然ヒステリックに叫ぶ晴香を八雲がびっくりしたように見つめる。
そしてふっと笑うと、先ほどの声音が嘘のように感じる声で言う。
「…君はバカだな。」
「ば、バカって何よ!」
「君が何を愁いているか知らないが、君が僕のことをどう想っているかなんて知っている。
…結婚、したんだからな。」
頬に添えられた手が泣きたくなるほど優しくて。でも悔しくて。
キスを強請るような八雲の目を見ないように顔を背ける。
言葉はまだ、もらっていない。
「僕が還る場所は君の所だけだし、君が居る場所も僕の傍以外あり得ない。…だろう?」
「…。」
「晴香。」
だから、そんなこと聞くまでもないだろう?と言うように、八雲は晴香に微笑む。
「…ズルイ…。なんでそんなに余裕なの…。」
涙声なのは気づかれているだろう。ますます悔しい。
「…君が、僕のことを愛してくれているからだろう?」
君は、僕のことを愛しすぎだ。
そんなことはわかっている。だから苦しく思うんじゃない。
そう言うのはいくらなんでもプライドが許さなくて。
そのかわりにその疲れた体に体当たりで抱きついた。
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八雲がこういうことを思うのはありきたりだろう、ということで晴香ちゃんに悩んでもらいました(^^)
最後のほうは予定では書くつもりなかったので、テキトー100%です。←
でも書かないと中途半端に終わるので、一応…。
もはや原作キャラとはかけ離れいる捏造具合ですいません…。
人を待ってる時とかって、なんとなく気弱になったりするじゃないですか。
しかも、5巻のあんな経験もあるので晴香は結構トラウマになっていると思うんですよ。
ちなみに6巻にも何気にリンクしてます。
人に愛されているってわかってると強気になれたり、余裕が持てたりすると思うのですが、
この八雲はまさしくソレです。
『君は、僕のことを愛しすぎだ。』なんてどんだけなんだ。
でも言わせてみたかったんです!
そして八雲も晴香のことを愛しすぎてるので実はお互い様v
晴香に愛されて八雲は幸せですね。
もちろん晴香も幸せなんでしょうが。
…後書きという名の言い訳が長くなってすいません…。
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