2010年6月5日土曜日

嫉妬と甘えと心配と。

※八晴
※付き合い後






八雲side】


朝。どう寝たかは覚えていないが、どうやら彼女を抱きしめたまま眠ってしまったらしい。彼女は寝苦しいだろうに、すうすうと気持ち良さそうに眠っている。

(…平和な奴だ。)

…晴香は気づかない。だから八雲も何も言えない。
ただ気持ちだけが悶々としてストレスが溜まっていく。おかげで昨日は随分無理をさせてしま った。
罪悪感がないわけではないが、多分このままの状態だとまたすぐ溜まる。
はあ。とため息を吐いて晴香をコツンとつついた。

(鈍い奴…。)

ネタばらしをしてしまうと簡単だ。八雲はヤキモチを焼いているのだ。晴香の同僚に。
家に帰ってきてから始まるたわいないおしゃべりは、その日あったこと、生徒のこと、そしてその同僚がどうこうという話で占められている。なんでもサラッとこなしてしまうらしく、ムカつくの何だのとうるさい。
ここで素直に俺以外の男の話なんてするなと言えればいいのだが、生憎素直じゃない八雲にそんな事言えるわけがない。
結局は一人ヤキモキする事になるのだ。
まあ、突然何も言わなくなったらりしたら逆に気になって悶々とするだろうが。

…自分がこんな奴だなんて思いもしなかった。諦める事だって簡単だった。
もしそんな過去の自分が人に—恋人に—こんな執着する己をどう思うのだろうか。
笑うだろうか。呆れるだろうか。羨ましがるだろうか。
…こんな事考えても仕方がない。
だけど、一つだけ確かな事は昔のようには戻れないという事。
もうこの幸せに慣れすぎて、戻れない所まできている。
きっともう、この手は離せない。晴香がどんなに嫌がろう拒もうときっと無理だ。
望まれない自分を望んでくれた人。
ずっと傍にいたい人。
愛してくれる人。
愛して欲しい人。
初めて自分の目 を綺麗だと言ってくれた人。
トラブルメーカーでドジでおっちょこちょいで鈍くて、泣き虫で意地っ張りで頑固で脆くて。
そのくせ、時々こっちが困るくらいに素直になって甘えてくる。
照れ屋で明るくて温かくて優しい—そのくるくると変わる表情をいつまでも見ていたいと思う。
—愛しくて愛しくて堪らない。もう、一人ではいられない。

(晴香…。君だけは…。)



【晴香side】

『はるか。』

真夜中、突然彼が私を抱きしめる。それは彼が不安になっている証拠。

『晴香…。晴香…。』

夢うつつで何度私の名前を呼んで、助けを求めるように繰り返す。
彼を守ってあげたいのに、夢の中の私もどうやら役立たずのようだ。

「…八雲君。大丈夫だよ。私はここにいるよ。…ずっと、八雲君の傍にいるよ。」

私は呪文のように囁 く。
彼は肩をそっと震わせて、私をぎゅっと強く抱きしめて、もう一度私の名前を呟くと、そのまままた眠りにつく。
たいていそんな夜、晴香はそんな八雲君の髪の撫でながら原因を考えて結局寝不足になる。
八雲は目を覚ますと何も覚えてないらしく、朝遅く起きる私に皮肉を言ったり、珍しい時は心配したりする。
だから私は何も聞けないし、何も言わない。
たんに夢見が悪いのか、彼が無意識に甘えてるのかわからないけど、彼につらい事をわざわざ思い出させることはない。
多分何かが引き金になって彼の壁を崩すんだろう。

さて。今日はいったい何が原因なのか。

(…一心さんの命日は3ヶ月後だし、奈緒ちゃんに何かあったわけでもないみたいだし…何か仕事であったのかな。
明日後藤さんに聞いてみようかな。)

—結局いつもいつも結論は出ないで推測で終わる。
多分後藤さんに聞いても無駄だろう事も晴香は本当は知っている。
八雲をこんなにさせる原因がいつもわからないままだ。
晴香はため息を吐いてうなだれた。

いつも私を助けてくれる彼に私は何も出来やしない。
彼は私にそのままの君でいい、というが、なんだか情けないのは事実だ。
八雲が身じろぎをした。寝ずらいだろうにそれでも晴香は離さない。
この素直じゃないひねくれ者は晴香だけに弱さを見せ、晴香だけに甘える。
そんな事が嬉しくて嬉しくて仕方がない。

(八雲君。大好きだよ。…もっと、私に甘えてくれればいいのに…。)

「…私が頼りないのかなぁ。」

一人、ふぅとため息を吐いてしょぼくれた。
…悩んでたって仕方がない。

(いつか言ってくれるよね・・・。)

開き直って晴香は八雲の頬にそっと口づけた。
願わくば、彼が夢の中だけでも笑って安心して過ごせますように。
晴香も八雲に抱きついて、自分もギュッと強く抱きしめるとそのまま目を瞑り、 眠りの波に身を委ねた。

八雲がこんな状態になるのは、全て晴香に関する時だけだということに気づくのはまだまだ先の事。

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