2015年12月24日木曜日

忠誠に愛を、絆に甘えを。


※オルフェ忠誠ED後

※オリキャラ登場

※オルヴィオ←ギスランかもしれない






西の騎士の守護蝶である浅葱に案内され、辿りついたのは、神殿の大広間。

煌びやかで厳粛な場の中央に座すのは、これから己が仕えるレーヌ。
その後ろには宰相立ち、その宰相に目を光らすように控えるのは3人の騎士。
そして、その傍らには騎士たちの守護蝶らしき人物も見えた。

緊張しないわけがなかった。
しかし、レーヌの声を聞き、顔を上げ、その尊顔を拝した瞬間、全てが吹き飛んでいた。

「ようこそ。パルテダームへ」

「貴女が、レーヌ・ヴィオレット…」

荒れた世界を救う術を持つ、唯一絶対の女神の依代。

姿絵などでは現せない、人の想像を絶する美しさ。まさに女神の名に相応しい。
まとう雰囲気は凛として気高く、それでいてどこか消えてしまいそうな儚さ。
匂いたつような色気を醸し出しつつも、どこか人形めいた美女。
瞳の瞬きや指先の動き、息づかい、そんな些細な行動さえ目を離せない。

当代の北の騎士が花紋の選定を覆して、騎士の地位を奪ったのも納得した。
そして、この姫のために散っていったという、先代の行動にも。

彼女に死ねと命じられたら、自分はきっと喜んで死ぬのだろう。

騎士としてまだ正式な叙任式を行っていないにも関わらず、そう『彼』は確信していた。


◆◆◆


対面式後、それぞれ抱えた思いは複雑だったことだろう。
新たな西の騎士が浅葱に導かれ己の邸に戻り、宰相も用は済んだとばかりに去った時、
レオンが、唐突に言い出した言葉には、みなが唖然としていたが。
『あいつはぜってーお前に惚れた。俺が言うんだから間違いない!』と謎の自信で言い切っていた。そして『ああいう奴こそ心配だ。暴走しそうだし、何より俺が許せない!』と今にも殴りこみに行きそうだったため、そんなレオンを揚羽が殴り、ルイにも落ち着くように諭され、強制的に退場させられていた。

嵐が去り、緊張も抜けたから、油断はため息となってその場に落ちた。

「ふう・・・」

「どうした。疲れたか」

「ギスラン」

不覚だった。
もう皆この場を離れたと思っていた。
ヴィオレットが今日を迎えるまでに色々な葛藤を抱えていたことは、皆が察することであり、
静かな場を、一人になって落ち着ける空間を提供してくれていたことに甘えていたからだ。
当然、今日もヴィオレットの気持ちを汲み、そうしてくれたものと、勝手に思い込んでいた。

しかし、ギスランだったことは、幸いかもしれない。
ギスランは『騎士』として、『レーヌ』に接してくれるからだ。
レオンでは、あまりにも『ヴィオレット』自身に甘えを許しすぎる。
それに助けられたことも多いけれど、それはレオン自身を傷つけることになる。
何より、自分自身が許せない。オルフェに顔向けできない。
オルフェを忘れないから。
オルフェを愛しているから。
レオンは初対面時からずっとヴィオレットへの愛を名言している。
もちろん、きちんと騎士としての役目を果たしてくれているし、騎士として身を弁えようと努力してくれていることも知っている。
しかし、レオンの愛情は今のヴィオレットには重い。
どれほど想ってくれても、応えることなどできないからだ。
もう、二度と私は恋をしない。
あんな悲しい想いはもうしない。
何より、オルフェへの想いがなくなるはずなかった。

『忠誠』という想いを返してくれたオルフェは、ヴィオレットに『愛』を囁いてくれた彼は、
それでも、『共に傍にいる未来』を、選んではくれなかった。
オルフェを信じた結果が、今なのだ。
ーー否、この結果は、彼に全てを押し付けた己の罪だ。
この罪は、死ぬまで背負うと決めていた。

「レーヌ」

「…あ…。ごめんなさい、ギスラン。少し、気が抜けてしまったみたい」

「…最近、よく休んでいないことは双子蝶から聞いている。…心配していたぞ」

「大丈夫よ。花人は本来休まなくても生きていけるもの」

「そういう問題ではない!…もっと肩の力を抜け、と言っている」

「…ふふ」

「…何がおかしい」

「ごめんなさい。貴方に怒られるのも、随分久しぶりだと思って」

「…お前が、レーヌとして相応しい振る舞いをしていれば、俺は怒らん」

「そうね。知っているわ。…レーヌとして相応しくない振る舞いついでに、ひとつ、聞いておくわ」

「…なんだ」

眉間に皺を寄せながら、それでもヴィオレットの甘えに付き合ってくれる気があるらしい己の騎士に目を合わせた。
険しい表情とは裏腹に、その瞳の奥には気遣いや心配が映っている。
本当に、不器用で優しい騎士だと思う。--かつて、オルフェが言っていたように。

「…今日の私は、ちゃんと『レーヌ』だったかしら」

今、己がレーヌとして相応しくない弱音を吐いている自覚はあった。
しかし、聞かずにはいられなかった。

『西の騎士』ーーーそう認めるのは、ヴィオレットにとって、ただ一人だけだ。
だが、新たな騎士が選定されてしまった。
ヴィオレットの心がどうであれ、その事実は変わらない。
ならば、自分は『レーヌ』として、騎士に向き合わなければならない。

新たな騎士と接し、『違和感』など、あってはならない。

オルフェよりも高い身長。
オルフェより低い声。
オルフェよりも濃い瞳の色。
オルフェよりも長い髪。
オルフェよりも丁寧で格式のある言葉遣い。

オルフェなら。
オルフェは。

彼が、オルフェだったらーーー。

何度、彼とオルフェを比べたことだろう。
そんなことしても無駄だというのに。

どのくらい強く、オルフェがここにいたなら、と思ったことだろう。
そう思ってしまった自分はやっぱり『レーヌ』失格だった。

ギスランは、しばらく無言を貫き、合わせていた目を逸らし、背を向けて言った。

「…お前がどう思おうが、お前は俺が唯一忠誠を誓う『レーヌ・ヴィオレット』だ。それに、違いはない」

「…ありがとう」

ギスランがヴィオレットを思い遣ってくれた言葉だと感じたから、それ以上もう、語ることはなかった。


◆◆◆


ーー久しぶりに遠駆けがしたいので、馬に乗せてくれないか。
そう、仕えるべき主に乞われれば、否とは言わない。
ましてや、それが常々気にかけていた主の見せた遠慮がちな甘えだと気づけば、なおさらのこと。

初めて乗せた時とは違い、リラックスして身を預け、風や景色を楽しんでいたヴィオレットは、
結局ギスランに何も語らずに感謝だけを告げて帰っていった。
終始『レーヌ』としての仮面をつけて硬い表情を崩さなかったが、それでも気分転換にはなったらしい。
最後の最後で、久しぶりに笑顔を見た気がした。

本当は馬で邸まで送るはずだったのだが、散歩して地上からの空も楽しみたいのだ、と言われればそれ以上強く出れるはずはなかった。
せめて護衛として最後まで共にいるはずだったが、予想外の人物の登場にそれも適わなかった。


「…それで、俺になんの用だ。西の騎士」

「…邪魔してしまったことは謝る。だから、そう睨むのはやめてくれないか」

別に睨んだつもりはない、と言ったところで無駄なことは経験上知っていた。
目つきの問題なのか、睨んだつもりなどなくてもそう見えてしまうらしい。
花人にも、レーヌにも、それが原因で怯えられたことは記憶に残っている。

口を開こうとし、しかし躊躇い口を閉じる。
そんな行為を何度も繰り返している西の騎士に腹立ちを抑えながら、ギスランはそれでも同輩の話を聞くべく促した。
本来ならば、騎士としてレーヌの護衛を優先すべきところを、突然深刻な顔で話を聞いて欲しい、と現れた新参者の騎士のために時間を割いているのだ。
もしこれがくだらぬ話であれば容赦はしない。

「…どうしたら、レーヌともっと絆を深められるだろうか」

「…なぜそんなことを俺に聞く」

騎士との絆は、言葉で説明できるようなものではない。
ヴィオレットと確かな絆を築いた騎士として、そう思う。

「君は、『レーヌ』に信頼されているようだったから」

「…は…?」

何を唐突に言い出すのだこの馬鹿は、というギスランの本音は顔に出てしまったらしい。
新しい西の騎士は、ギスランよりも年齢が上だという話だが、そうとは思えぬ情けない表情で、ギスランを見上げていた。

「レーヌは、僕が嫌いなのだろうか」

「…」

そうではない。
反射的に出てきた言葉は、しかし声になることはなかった。
何も知らぬこの新しい騎士に、ギスランが何を言えるというのだろう。
否定も肯定もしないギスランに答えを求めることを諦めたのか、西の騎士は再び言葉を重ねた。

「…僕は、信頼されていないのだろうか」

『騎士』としてではない、『男』の目をして、西の騎士はそうぼやいた。
答えが返ってくることを期待した問いかけではなかった。
愚痴のような、弱音のような、ほとんど独り言のような声の大きさだった。

ギスランはそんな西の騎士の言葉に沈黙を貫いた。

ギスランが『レーヌ』の心情を代弁することは無意味だと思ったからだ。

ーーーピアノを弾いてほしい、と乞われたのは、新しい西の騎士の叙任式の前日だった。
レーヌ前で披露する腕前ではない、と断ることもできたが、そうしなかったのは、やはりこの『甘え』
が嬉しいからだ。
自分の前では肩の力を抜き、ゆったりと過ごす『レーヌ』の姿が見たいからだ。
『信頼』あってこその関係だと思うのは、自惚れではないと信じたい。

ヴィオレットにしては珍しく、ソファーの上で行儀悪く寝そべっている。
少しでも休めるなら、とそのまま放置しているが、何か声をかけるべきか、それともかけるものでも持ってくるかべきか。
そう思案していたら、音をひとつはずしてしまった。
思わず舌打ちが出るが、ヴィオレットはそれすらも楽しみのひとつだ、というかのように笑っていた。

止んでしまったピアノを催促することもなく、ヴィオレットは笑みを消して、身を起こして膝を抱えるように座った。
少女のように、不安そうな、どうしていいか心細そうな、そんな表情で。

以前のギスランならば、無理矢理話を聞きだそうとしただろうが、今、そんなことはできない。
そんなことをすれば、もうヴィオレットが『甘え』を見せてくれなくなることを、本能的に悟っていた。

ただじっとヴィオレットを見つめるギスランに根負けしたのか、ヴィオレットは口を開いた。

「…貴方はずるい人だわ」

「お前がそんな俺を望むなら、甘んじてその評価を受け入れよう」

「…嘘よ。貴方は、とても不器用で、優しい騎士ね」

私には、もったいないほどに。
そう言われた言葉は、聞き取れないほどの小さな声で、まるで聞かせる気がないように思えた。

もう、限界だと思った。
そして、気づけばその儚い肩を抱き寄せ、顔を己の胸に引き寄せていた。

「…今だけ、だ。『ヴィオレット』。この場限りの戯言だ。…何を構える必要がある?…お前が全てを吐き出し、この部屋から出た瞬間に、全て忘れる。全てなくなる。そんな儚い一瞬だ。…だから、その胸に抱える想いを全て、今、さらけ出してしまえ」

しばらくの無言が続いた。
ヴィオレットの腕はギスランの背に回されることはなかったが、抵抗されないだけマシに思えた。
そして、沈黙が痛くなってきた頃だった。

「…私にとって、西の騎士はオルフェだけなの…オルフェじゃない西の騎士だなんて、いらないわ…」

涙が滲んだ声だった。
けして、けして泣くまいと堪えて、それでも激情を抑えきれず、声は震えている。

その一言に、いったいどのくらい強く、彼女の想いがこめられていることか。

彼女を呪縛から解き放ち、騎士として立派な最後を選んだオルフェが、うらやましく思えた。
敬愛する『レーヌ』に、それほど強く想ってもらえるならば、騎士冥利に尽きるというものだ。

ギスランは目を閉じた。
己がオルフェの立場だったなら、必ず自分もオルフェと同じことをしただろう。
むしろ、変われるものなら変わってやりたいと、心底思った。

◆◆◆


オルフェにだけしか甘えられない。
そんな自分が、今回ばかりはオルフェにだけ甘えることができなかった。

ーー新たな西の騎士。

選定して会うまでは、どんな人物だろうと他の騎士と同じように扱うつもりでいた。
オルフェと、同じ西の騎士として。
だが、無理だった。
いかに理性が西の騎士は彼で、新たに選定された事実は変わらない、と認めていても、
心が受け入れられなかった。

オルフェにだってこんなことは言えない。
困ったように、複雑そうな風が吹くだろう。
『レーヌ』として至らぬ姿など幾度と見せてきた。
オルフェになら弱音も愚痴も我儘も甘えも怒りも醜態も全てさらけ出してきた。

だが、オルフェには、これだけは、絶対に言えない。
忠誠を身をもって示してくれた彼に、
愛をもって優しさを返してくれた彼に、
こんなみっともない姿、見せられない。

ーーー嗚呼、でも、もうこんな『甘え』は最後にしなくては。
自分を『レーヌ』として認めてくれた彼の想いに応えなくては。
自分は『レーヌ』なのだから。


◆◆◆

ギスランに甘え、胸をかり、たった一言だけ吐いた言葉。
それだけでもう彼と向き合う覚悟ができていた。

たった一言、オルフェの前でもいえなかったその言葉は、しかし口にしてしまえばもう引きずることはなかった。
今でも胸の奥底に、本音は隠れているけれど。
それは彼と会うその日まで、この愛と共にしまっておく。

ギスランにはありがとう、と感謝だけを述べた。
謝罪は彼が受け取らないと知っていた。
何のことだ、と知らないふりをしてくれる彼が嬉しくて、泣きそうになったのは秘密だ。
もっとも、彼なら気が付いていても黙っていてくれるだろうが。

ーーー滞りなく、任命式は終わった。
叙任式のようにユベールはさっさと姿を消した。
西の騎士はやはり少し緊張していたようだが、無事に指輪に認められたことに安堵していた。

忠誠は誓われた。
ならば、自分は『レーヌ』として、その忠誠に、想いに、応えなければ。

対面式後、彼とは当たり障りのない話しかしていなかった。
しかし、もうそれでは駄目だ。

一歩、踏み出さなければ。
彼に歩み寄り、彼との距離を縮める第一歩を。

「『西の騎士』。貴方のことを、教えてくれる?」

さあ、話をしよう。

お互いに理解し合うために。
お互いのことを知るために。
お互いに向き合うために。
誤解や反発を生まないために。

ーーー『レーヌ』と『騎士』は互いを『信頼』し合い、支えあって生きてくのだから。



0 件のコメント:

コメントを投稿