2013年5月12日日曜日

世界のすべてを。




※円撫

※帰還ED後







円が女の子達に囲まれている。

待ち合わせに遅れそうになって必死に走ってきた撫子が
頭が飛び抜けて見えた円に気づいた時と同時に知った事実はそれだった。

円は、一見すればスタイルよく、顔も整っているから
口さえ開かなければモテる。
かなりレベルが高いイケメンに属するだろう。
一緒に歩いていていつも向けられる視線には気づいている。

妬かないわけではないけど、
確かにカッコイイ人を目で追ってしまう気持ちはわからないでもない撫子は
いつもならばため息一つでそれを流していた。

しかし、囲まれている、となれば別である。

ため息一つで許せてしまえるほど彼女はまだ大人ではなく、
気持ちを制御できるわけでもなかった。

胸を締め付けられるような痛みやどろどろとした感情を
持て余し、その場に立ち尽くした彼女に気づいたのか、
円は不機嫌そうな表情で言った。

「やっときたんですか。遅いじゃないですか」

周りを無視するような円に突っかかってしまったのは、
自分のこの行き場のない感情をどうにかしたかったからだ。

「べつに、数分ぐらいいいじゃない。・・・円は、退屈だったわけじゃないでしょうし」

聡い彼はきっと彼女の可愛いヤキモチにも、拗ねている表情で気づいただろう。
しかし、それに気づいた彼がそのままで終わらすわけもなかった。

「・・・どうしたんですか?何か、いつもと様子が違いますね?」

意地の悪そうな笑みを携え、彼はわざとらしく撫子に尋ねる。
何も言えない無言のままの彼女に反応を示したのは
こちらの様子ををちらちらと伺っていた周りの女子たちだ。

「ね、こんな人放っておいてあたしたちと遊びましょうよ~」

「は?」

円の目が鋭くなったのに気づいた者はここにはいなかった。
そして円が発した言葉は撫子の声によって遮られる。

「・・・そうね。たまには、いいんじゃないかしら」

「・・・貴女、本気で言ってるんですか」

円がどこか呆然としたように呟く。
声がかすれていた。

それに気づかなかったフリをして撫子は踵を返した。

「わ、私用事を思い出したわ。…それじゃ、円、またね」

逃げるように早足で去る撫子を捕まえられないような円ではない。
一瞬固まったがすぐに追いかけて腕を掴む。

円が追いかけてくるとは思っていなかったのか、
撫子は驚いたように声をあげる。

「きゃ!…え…円?どうして?」

まるで撫子を追いかけてきたことを責めるような強さを持ってた口調に
円は眉を上げる。

「は?馬鹿ですか貴女。自分の彼女を追って来るのはあたりまえじゃないですか」

「・・・だけど、付き合いだってあるでしょうし・・・」

「そんなものどうだっていいです」

「そんな言い方・・・!」

「なんなんですかいったい。やっぱりなにか変ですよ」

「そんなこと、ないわ」

意地っ張りで素直じゃない、撫子の揺れる瞳を見て
円は元から細い目をさらに細めた。

「・・・貴女は、僕が他の女と一緒にいてもいいっていうんですか」

「・・・っ・・・ええ」

呼吸をするのを忘れたかのような、苦しそうな一拍の後、
撫子はいつもの冷静と落ち着きをもって答えた。
胸が締め付けられて、悲鳴を上げているのを無視しながら。

「・・・そうですか。もういいです」

円は無表情のまま言うと、そのまま踵を返した。
すすむ方向的に女の子たちのところへ向かうのだろう。

けして振り向くことのない大きな背に、
撫子は行かないで、と縋りつきたくなる自分を叱咤した。

自分で送り出しておきながら、なんて自分勝手な。

自嘲気味な笑いは、しかし泣き声に変わりそうで怖くて
結局撫子は押し黙るしかなかった。

わかっている。
円の世界が広がるのはいいことだ。

撫子だってそれを願っている。

円の幸せのために。
自分がその妨げになっては、いけない。


◆◆◆


「・・・撫子、大丈夫?」

「いったいどーしたんだ、お嬢?」

「・・・なんか変だぞ、おまえ」


円と別れて一人でいるのはつらかった撫子は
課題メンバー(留学中の央と未成年者である終夜を除く)を誘って飲み屋にいた。

とてもじゃないが素面では待っていられなかった。

無言でいつもでは考えられないくらいがばがばとお酒を飲む撫子の様子に
みんなが心配してるのはわかっていたが、撫子はなんでもない、の一点張りを通した。

彼らに甘えてしまっているのに悪いという気持ちがないわけではなかったが、
今は話すことが億劫だった。

最初は何としてでも理由を聞き出そうとしていた彼らは、
撫子の性格と様子で無理に聞き出すのを諦めたのか、
そのうちただの飲み会、と捉えることにしたらしい。
近状報告や思い出話、世間話などをし始める。

彼らの気遣いにほっと息をついて、
撫子はどんどんと思考が鈍くなっていくのを感じていた。

だから、自分がぽつりと、言葉を漏らしたことを意識していなかった。

「・・・私、円には、もっと世界を広げてほしいの」

寅之助ははあ?と突然の撫子の言葉に意味がわからない、
と不審げに眉を寄せるが、鷹斗と理一郎はやっと撫子が話す気になったのか、
と安堵したように肩を弛緩させた。

「円の世界には、央と私しかいないの」

「すげー惚気だな、それ」

寅之助が呆れたように言うが、撫子には聞こえていない。

「円は、昔から央と家族が一番で、世界の全てで、いつもいつも、央の後についていって・・・。課題をやってからはメンバーとも仲良くなったし、仕事を始めてからはだいぶ大人になったけど・・・。やっぱり、私と央ばっかり・・・」

「・・・」

寅之助はやってらんねぇと飲み食いを優先することにしたらしい。
鷹斗と理一郎は思うことはあれど、大人しく聞いている。

「でも。それじゃ、駄目なの」

撫子は、急に泣く寸前のようによわよわしい声を出す。
その様子に寅之助と理一郎は慌てるが、
鷹斗は撫子の続きを促した。

「円は、まだ世界を知らないわ。私だって、そんなに広い世界を知っているわけではないけど・・・。でも、広い世界を持つことは、楽しいことだし、いいことで、必要だって知ってるわ。狭い世界にいたままじゃ、円は成長できない」

「うん」

鷹斗はもう大体の大筋を察したのか、
撫子の言葉に肯定をし、余裕のある表情で撫子をなだめる。

「・・・でもね、さみしいし・・・怖いの」

「うん?」

「私と央だけじゃない、広い世界を知って、円が、・・・円は、まだ、私の傍にしてくれるかしらって」

「・・・」


何か言おうとして、しかし鷹斗は動きを止めた。


「たくさんの出会いと、多くの経験をして、世界を知って、刺激を受けて、大人になって、円が、まだ、私を選んでくれるかしらって」


理一郎と寅之助も鷹斗の様子で何かに気づいたらしい。
しかし、撫子はまだ気づかない。


「円の幸せを思うのなら、こんな気持ちは邪魔だって思うの。私が、円に必要としてもらえるように頑張ればいいってこともわかってるの。でも、不安なの。・・・こんなんじゃ、最低だわ私」

「本当馬鹿なんじゃないですか、貴女」

撫子の瞳から大粒の涙が零れそうになった時、
その声の持ち主は撫子を隠すように抱きしめていた。

「なに人の幸せ勝手に決めて、勝手に不安になってるんですか」

文句と口調は呆れたようなのに、どこか慈愛と優しさを感じるのは、
撫子の自惚れなのか、無性に涙を煽られた。

「まど、か・・・」

酔った頭では、どうしてここにいるの、とか公共の場でなにするのか、
といったような言葉は浮かばなかった。

ただ、どうしようもなく、恋い焦がれた。

背中に回したかった手は、円の抱きしめる力強さのせいでかなわなかったので
譲歩して上着握り締めた。

「・・・ごめん、なさい・・・ごめんな、さ・・・」

「何謝ってるんですか」

「・・・わたし、意地っ張りで、頑固で、強がってばかりで、素直じゃなくて、・・・喧嘩ばかりで、円より年上なのに、大人気なくて・・・」

「・・・たかだか半年ぐらい年上ってだけで見栄張らないでほしいんですけど。もしかして喧嘩売ってますか」

「ま、円が私なんかを選んでくれなくなっても、・・・でも、・・・円のこと、誰にも、渡したく、ないわ」

「馬鹿なんじゃないですか貴女。・・・最初からそう言ってください」
まあ、僕が貴女を離すわけはないですけど。

その言葉に赤くなっていた顔はますます熱くなる。
ああ、もう限界だと思った時には撫子の意識は完全に闇に落ちていた。


その後、メンバーにからかわれ、揶揄され、嫌味を言われ、
呆れられ、笑顔の圧力をかけられた円が
仕返しに何も覚えていない撫子に八つ当たりをして喧嘩になるのは
また別の話。
央から一時帰国の手紙が来る、一週間前の話である。



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最後無理矢理終わらせた感wwww


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